DEI深堀り(下)

企業価値を高める障害者雇用

三原黎香

WHO は3月、世界の6人に1人が何らかの障害を負っているとの推計を発表した。DEI (多様性・公平性・インクルージョン)への関心が集まる中、企業に対して障害の有無に関わらず全ての従業員に公平な就業・キャリアアップの機会を提供するよう求める声が高まっている。

国際社会では既に、障害者雇用が ESG投資の重要項目になりつつある。2022年3月には、バンク・オブ・アメリカやボヤ・フィナンシャルなど合わせて2.8兆円以上の資産を運営する31の投資機関が、投資先企業に障害者雇用への積極的な取り組みを呼びかける共同声明を発表した。声明は企業に対し、障害者平等指数などの第三者機関による障害者インクルージョンの評価制度を採用するよう求めている。

ビジネスにおける障害者のインクルージョンを推進する企業ネットワークThe Valuable 500は1月に発表した白書で:

  1. 障害者の雇用率
  2. 障害者雇用に関する企業の目標と達成手段
  3. 従業員に対する障害者インクルージョンの研修
  4. 障害に特化した従業員リソースグループ(ERG)
  5. デジタルアクセシビリティ

の5項目で構成されるKPI(重要業績評価指標)を提唱している。

このように、障害者雇用に関するESG投資の文脈での評価制度の整備が世界的に進んでいる。


日本では、従業員45.5人以上の企業に、雇用する労働者の2.3%に相当する障害者の雇用が義務づけられている。しかし厚生労働省の統計によると、この雇用率を達成している企業は半数を下回る。そんな中、厚生労働省の労働政策審議会障害者雇用分科会は1月、法定雇用率を2024年度に2.5%、2026年度に2.7%へ引き上げる案を了承した。

障害をもつ社員が能力を発揮・向上できる職場づくりは、人的資本経営の柱の1つになりつつある。障害者雇用は企業価値をどう高め得るのか。識者に聞いた。

ポイント

  1. 「障害者のため」を超えて 障害者雇用で成長する企業
  2. 特例子会社の位置付けを問う 全社的なインクルージョン
  3. インクルーシブなビジネスが標準化する時代へ
DEIの実現イメージ
DEIのイメージ。メンバー各々が必要な情報とリソースにアクセスし、チーム全体が目標を共有する職場づくりが鍵となる。Illustration by PARU @paru_illustration

 

「障害者のため」を超えて 障害者雇用で成長する企業

障害者雇用が企業の就労環境を向上させると話すのは、横浜市立大学都市社会文化研究科の影山摩子弥教授だ。社員と業務内容・就業環境のマッチングは、障害者雇用の要とされる。大勢の中では仕事に集中しづらいと感じる社員のデスク周辺にパーテーションを設置するなどの「合理的配慮」が求められる。「仕事や環境とのミスマッチがあれば生産性が下がるのは健常者も同じ」と影山教授。障害者雇用は、障害の有無に関わらず、あらゆる社員が能力を発揮できる職場作りに取り組む契機になるという。

影山教授は、各社員の障害の特性に合った「オーダーメイドの育て方」が長期的なキャリア形成に欠かせないと指摘する。社員育成は、障害者雇用に限った課題ではない。厚生労働省の統計によれば、2019年度に大学を卒業した就職者のうち3割超が3年目までに離職した。障害者雇用は、企業が社員一人ひとりに向き合った教育ノウハウを培うトレーニングになるかもしれない。

 

横浜市立大学都市社会文化研究科の影山摩子弥教授

 

特例子会社の位置付けを問う 全社的なインクルージョン

日本の障害者雇用を支えているのが特例子会社(障害者雇用に特別の配慮をした子会社)制度だ。親会社は、特例子会社で雇用する障害者を親会社に雇用されている人数とみなすことができる。特例子会社で多くの障害者を雇用すれば、親会社や他の子会社での雇用率が低くても、企業グループ全体として法定雇用率を達成可能だ。

しかし、特例子会社を雇用人数確保の手段ではなく、企業グループ全体のインクルージョンを促す発信拠点として活用する試みもある。セブン&アイ・ホールディングスの特例子会社テルべでは、障害者19人を含む31人が働く。セブン&アイ・ホールディングス人権啓発センターの有村博幸氏は、同社での特例子会社の位置付けについて「テルべでは障害者雇用だけでなく、ノーマライゼーション推進の情報をグループ全体に発信する役割を担い、連携して各事業会社が積極的に障害者雇用に取り組んでいる」と話す。セブン&アイは、従業員およそ2万6,000人のイトーヨーカ堂で法定雇用率を上回る約700人の障害者を雇用する。特別支援学校と連携したインターンシップや、障害者職業生活相談員の資格をもつ社員の育成など、採用前後にわたるフォローに力を入れているという。有村氏は、「法定雇用率に関係なく、障害のある社員と共に働くことが当たり前の社会にしていかなければならない」と話す。

 

セブン&アイ・ホールディングス人権啓発センターの有村博幸氏

 

インクルーシブなビジネスが標準化する時代へ

フランスのITサービス大手アトスは2021年、アクセシビリティとインクルージョンの促進に500万ユーロ超を投じた。アトスでGlobal Head of Accessibility & Digital Inclusionを務めるネイル・ミリケン氏は、インクルージョンの欠如は環境汚染に似ていると指摘したうえで、持続可能で長期的な取り組みの重要性をこう訴える。「かつて、白熱電球より高額なLED電球は見向きもされなかった。だが、次第に消費者と行政の意識が変容し、環境への負荷が大きい白熱電球の市場は次第に縮小した。今ではLED電球が主流だ。ビジネスにおけるインクルージョンも似ている。企業と社会のニーズが合致することで、障害者雇用の仕組みがさらに浸透していくだろう。」

65歳以上の人口が3割に迫る日本では2021年、70歳までの就業機会を確保する制度づくりが事業主の努力義務となった。ミリケン氏は日本が世界有数の超高齢社会であることに言及し、「高齢になれば多くの人が何らかの障害を負う。障害があっても働ける、働き続けられるビジネスの必要性が増すだろう」と警鐘を鳴らした。

 

ニール・ミリケン
アトスでGlobal Head of Accessibility & Digital Inclusionを務めるネイル・ミリケン氏

 

(終) DEI 企業が人を生かし、人が企業を生かす

2回の連載で、男女の賃金格差と障害者雇用という観点から、DEIを取り巻く投資家の働きかけと企業の取り組みを掘り下げた。ジェンダー平等の分野には既に、投資家と企業による対話が情報開示を拡大させた事例が多い。障害者雇用についても、企業による自主的な取り組みが活発化しているほか、評価制度を用いた情報開示を求める投資家が現れている。企業が、多様な人々を雇用・育成する。そこで働く人々が、企業を成長させていく。その循環が、これからのESG投資で求められる人的資本経営のひとつの形かもしれない。