■ウェビナーレポート:気候変動に関する株主提案の功績と今後の展望
Proxy WatcherとInsightiaは、2022年の株主総会シーズンに行われた株主提案の成果を6名のパネリストと共に掘り下げるウェビナーを開催しました。パリ協定と整合性の取れた日本の企業社会の実現に向けて期待される、投資家からの働きかけや企業の投資家への向き合い方が議論されました。
開催概要
- 日時:2023年1月18日(水)18:00~19:30(JST)
- 共催:Proxy Watcher、Insightia
- 参加者:機関投資家、上場企業のサステナビリティ担当者、報道関係者など計100名以上
パネリスト(登壇順)
- 蔵元 左近 氏(日本国弁護士、米国ニューヨーク州弁護士 米国ニューヨーク州弁護士):
日本におけるESG株主の役割(日本語) - ニック・スプーナー氏(ロベコ,気候変動エンゲージメントスペシャリスト):株主提案と機関投資家の意思決定について
- ハオナン・ウー氏(Federated Hermes - International,アシスタントマネージャー):企業による株主との対話を通じた株主価値の増加について
- 福澤恵(日本エネルギー金融公庫 キャンペーン担当、マーケットフォース)。
日本の総合商社への株主提案 - 渡辺瑛莉氏(350.org Japan,シニア・ファイナンス・キャンペーナー):メガバンクの気候変動方針の課題
- 鈴木康子氏(気候ネットワーク,プログラム・コーディネーター ):2022年に提出された気候変動に関する株主提案の議決権行使結果について
要約
蔵元左近氏(日本国弁護士,米国ニューヨーク州弁護士):日本におけるESG株主の役割について
ステークホルダー資本主義とは、企業が株主のための短期的な利益の最大化のみならず、全てのステークホルダーや社会全体の利益も考慮に入れてより長期的な価値創造を追求する資本主義である。近年、機関投資家や金融機関によるESGの観点からの投資・融資が盛んになっている。その流れに対応しなければ、日本企業はESG投融資を取り込んだ中長期の成長を望めない。
ESGアクティビズムでは、株主の権利の擁護団体や資産運用会社、NGOなどが上場企業の株主として非財務の側面に着目し、問題提起を行う。日本でも近年活発化しており、特に気候変動関連の株主提案が増加している。日本では、株主提案が否定的に捉えられてきた。しかし、コーポレートガバナンスコードなどが示すように、投資家・株主は、企業にとって長期・持続的な企業価値を創造するためのパートナーだといえる。株主との対話・協働が求められる中で、上場企業は株主提案に真摯に向き合う必要がある。
ESG株主には、株主提案や平時からの対話・協働を通じて企業の中長期的な成長につながる提案を行い、企業の経営陣や他の株主の賛同を得る努力が必要だ。株主提案の主流である定款変更議案は可決へのハードルが高い。しかし、勧告的決議案や役員選任議案として他の株主の意思を問うのも選択肢のひとつだ。ESG株主の活動には、機関投資家との協働、すなわち株主間の対話が欠かせない。
ニック・スプーナー氏(ロベコ,気候変動エンゲージメントスペシャリスト):株主提案と機関投資家の意思決定について
Robecoは、気候変動戦略をもつ機関投資家として、企業が2050年までにネットゼロを達成できるよう働きかけている。株主提案は、我々のエンゲージメントにおける建設的な手法だ。数年にわたる企業との対話を経て、決議案を提出することが多い。世界では気候変動問題に関して株主提案と経営者提案の協働が進んでおり、企業の株主提案への支持が拡大している。そうしたケースでは、我々の提案が95%以上の支持を得ることもある。
他の組織と協働して株主提案を出すことが多い。複数の企業に体系的に株主提案を提出し、文言に一貫性をもたせる株主もいる。株主提案を出すにあたって、投資家は過去の株主提案の成功例・失敗例から学ぶことができる。例えばBP plcで2019年に提出された株主提案は、世界で石油・ガス産業に出される提案の参考になっている。
我々は株主提案に投票する際、その提案が企業にポジティブな影響を与えるかどうかを検証している。ある課題について投資家と企業の対話を促進することは、企業の気候変動戦略を改善し、企業のリスクを低減するための建設的な取り組みだと考えている。
株主提案の内容は、高度で明瞭であるだけでなく、規範的過ぎないようにしている。株主提案をふまえ、企業自らが戦略を策定できる柔軟性をもたせるためだ。気候変動のリスク管理が不適当な企業や、高い支持率を得た株主提案に対して適切に対応しない企業に対しては、取締役への反対票を投じることも検討する。これは、企業に長期的な変革をもたらすための重要な取り組みである。
ハオナン・ウー氏(Federated Hermes - International,アシスタントマネージャー):企業による株主との対話を通じた株主価値の増加について
気候変動は、機関投資家にとって極めて関心の高い問題である。企業は、気候変動による物理的リスクと移行リスクに対応するよう求められている。物理的リスクには、地球温暖化、それに伴う経済的コストや社会的影響などが含まれる。地域性や不確実性がリスク評価を難しくしている。2022年、欧州の干ばつがエネルギー危機を悪化させ、日本は記録開始以来最悪の熱波に見舞われた。企業は移行リスクにも直面している。脱炭素化は世界経済・国民経済を一変させる。政治的・技術的な対応が遅れれば、こうした変化は経済・社会に悪影響をもたらすだろう。
ステークホルダーは、企業に対して気候変動の緩和への取り組みと具体的な成果を求めている。企業は、1.5℃シナリオに向けた科学的アプローチと、炭素集約型資産の売却・譲渡計画の開示を求められている。1.5℃目標に向けた企業の道筋として、気候関連の財務情報開示、SBTi(Science Based Targets initiative)へのコミットメント、1.5℃目標に沿った戦略などが挙げられる。これらの取り組みが、企業を実際の温室効果ガス排出量削減へと導く。我々は、企業の温室効果ガス排出量の削減状況、気候関連の問題に対する取締役会の説明責任、ネットゼロ達成のための戦略などを把握し、企業が前進するために働きかけている。
金融業界は、融資・貸付・引受業務における温室効果ガス排出量を分析・測定・管理することを求められている。IIGCC(気候変動対応を目指す国際機関投資家団体)によるエンゲージメントの一環として、みずほフィナンシャルグループは2019年に気候変動に関する株主提案を受けた。その結果、みずほは顧客の気候変動対策の信頼性を評価するフレームワークを策定し、日本の金融機関として初めてPCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)に加盟した。三菱UFJ銀行と三井住友銀行も株主提案を受け、新規石炭事業へのファイナンスの中止や、温室効果ガス排出削減目標の開示において前進した。
この流れは金融業界にとどまらない。J-POWERも株主によるのエンゲージメントの一環で2022年に株主提案を受け、温室効果ガス排出削減の目標設定を改善した。BP plcはClimate Action 100+の対象となっており、2019年に株主提案を受けた。この提案は90%以上の支持を集め、同社の排出削減目標の開示を求めた。投資家による働きかけは、企業の気候変動リスクの低減に確かな効果をもたらしている。
福澤恵氏(マーケットフォース,日本のエネルギーファイナンス キャンペーン担当):日本の総合商社に対する株主提案について
日本の総合商社は、多くが2050年までにネットゼロを達成するという目標を掲げながら、化石燃料産業の拡大に関与している。日本の社会・経済にとって非常に重要な位置にいる総合商社には、この国の脱炭素へのあゆみをリードする存在になってほしい。
我々は、2019年ごろから住友商事に働きかけている。住友商事は2050年までにカーボンニュートラルを達成する方針を立てたにも関わらず、石炭発電部門の拡大を計画していた。同社の石炭政策には重大な抜け穴があり、石炭発電政策は石炭発電施設の新規建設への関与が認めていた。我々の働きかけを受け、住友商事は石炭採掘と石炭火力発電に関する方針を変更した。後者については、2019年の方針は、必要に応じて石炭火力発電所の新規開発への関与を認めていた。2021年5月の改訂では、IPPやEPCとしての新規開発を禁止したものの、バングラデシュのマタバリ石炭火力発電所への関与の可能性は認めていた。2022年2月の更新で、マタバリ発電所の拡張に参加しないことが発表された。
三菱商事は、2050年までにネットゼロを目指すという自社の方針に矛盾して、化石燃料とLNGの事業拡大を計画していた。これらの事業を1.5℃シナリオに照らして評価し、気候変動が事業にもたらす財務リスクの管理について開示させるための働きかけが必要だった。2022年には、温室効果ガス排出削減目標の採択と開示、2050年までのネットゼロに関する事項の開示という2つの株主提案が提出された。2021年10月の三菱商事「カーボンニュートラル社会へのロードマップ」は、LNGについて「移行期」に供給するとの言及に留めていた。しかし2022年5月の「中期経営計画2024」は、LNGを精査と検討の対象となる「トランスフォーム」事業と位置づけた。改めて、企業に対する投資家の働きかけの重要性を強調したい。我々は、投資家が日本の総合商社への働きかけを続け、それらの企業が日本の脱炭素化のリーダーとなる後押しをするよう強く求める。
渡辺瑛莉氏(350.org Japan,シニア・ファイナンス・キャンペーナー):メガバンクの気候変動方針の課題
350.org Japanは、2016年頃から日本のメガバンクに働きかけを行っている。メガバンクに対する気候変動に関する株主提案は、2020年から3年連続で行われてきた。主な提案内容は、パリ協定の目標と整合する事業計画の策定や開示である。投資家によるエンゲージメントは、メガバンクの気候変動対策の強化を後押ししてきた。2018年には、メガバンクの気候変動に関する方針はほぼ皆無だった。2020年の株主提案をきっかけに、みずほフィナンシャルグループが石炭火力向け与信残高削減目標を設けた。三菱UFJフィナンシャルグループは、2021年の株主提案をきっかけに投融資ポートフォリオのネットゼロ目標を設定した。三井住友フィナンシャルグループは、2022年の株主提案を受けて石炭採掘及び関連インフラの新規開発拡張への支援を禁止するファイナンス方針を掲げた。
我々の株主提案や投資家によるエンゲージメントを契機に策定されたこれらの目標・方針は、他業界へも波及している。石炭方針の強化や脱炭素目標の制定・開示、TCFD提言に基づく情報開示が拡大してきた。しかし、ネットゼロの実現に向けてはいまだ課題が多い。電力セクターでは、2030年までの投融資ポートフォリオ排出削減目標が排出原単位(発電量あたりの二酸化炭素排出量)で設定されている。排出原単位の目標は二酸化炭素の排出絶対量が増えても達成可能であるため、絶対排出量を基準に目標を設定することが望ましい。石油・ガス、石炭セクターの目標は上流生産事業に限定されている。石油・ガス方針については、3メガバンクとも特定の石油・ガスセクターについてデューディリジェンス(社会・環境リスク評価)を強化するのみで、投融資の制限がない。
NGOによる株主提案および投資家によるエンゲージメントは、メガバンクの気候変動方針や情報開示を着実に拡充してきた。しかし、これまでに強化されてきた方針や目標にも抜け穴が残されており、ネットゼロ目標と整合しない投融資が続いている。ネットゼロ実現のため、短期・中期目標の策定と強化、新規の化石燃料事業や化石燃料事業の拡張計画をもつ企業へのファイナンスを制限する方針が不可欠である。
鈴木康子氏(気候ネットワーク,プログラム・コーディネーター ):2022年に提出された気候変動に関する株主提案の議決権行使結果について
2022年度の総会シーズンには、日本企業への株主提案件数が97社330議案と過去最多となり、なかでもESG関連の提案が増加した。日本企業のグローバル展開に伴い、海外の投資家からの日本企業に対する関心が高まっている。日本で株主提案できる内容は、株主総会の決議事項である①余剰金の処分、②役員の選任、③定款の変更に限られており、③が主流。定款変更の提案は反対されることが多いが、近年は中長期的な企業価値の向上を目指す提案については妥当性を考慮する動きも出ている。
スチュワードシップ・コードの制定と改定により、個別議案について議決権行使結果と賛否理由の開示が進んだ。反対理由は、①会社が既に提示している戦略で進めればよい、②会社が気候変動についてのリスク評価を行っているので益性に影響しない、③定款で定める必要はない、が主だった。「提案内容が企業価値の向上につながるか否か」が賛否の基準となったことが伺え、我々のアプローチへの理解が進むとともに、気候変動リスクに対する考え方が変化してきたことが分かる。国外の運用受託機関による議決権行使では、国内の運用機関と比べて賛成が多くなっている。
自社の議決権ガイドラインやポリシーの中で気候リスク関連の情報開示を具体的に示す議決権行使助言会社も出てきた。グラス・ルイスは、日本の上場会社向け2023年版議決権行使助言方針に、気候変動に関する情報開示が不十分である場合、責任を負うべき取締役の選任議案に反対投票を推奨するという項目を追加した。インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズは、2023年2月から施行する各国の議決権行使助言方針の改訂案で、気候リスクを適切に開示しておらず、温室効果ガスの直接排出量の多くの部分について定量的な削減目標をもっていない場合、取締役の選任で反対を推奨している。こうした流れの中で、企業による情報開示や数値的な目標設定が進むことを期待したい。
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